この場所の思い出
薄暗い地下道にあり異様だった。 死んだ金魚をピラニアに食べさせたところを見てしまい子供心にショックだった。
薄暗い地下道にあり異様だった。 死んだ金魚をピラニアに食べさせたところを見てしまい子供心にショックだった。
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まだ、子供だった頃、あの地下道の熱帯魚店(?)にカブトムシやカメの餌を買いに行った。 薄暗くて湿っぽい、あの雰囲気は、ホントに懐かしい。 あの地下道にあった店のデータ求む!
白髪の優しいお爺さんが店主。 おもちゃのバンビの店主といいあの頃は気さくでイケてる渋い人が多かったなぁ〜 1998秋くらいからスポッテッドガー🦈をずっと見ていて 🎍正月お年玉で買いに行ったら大きくなり値段も上がっていたけど 小さい時値段してくれました(^.^) お爺さん元気かなぁ…
いつも親に購入をねだっては却下されてました。暗い地下通路でそこだけ煌々として、普段は縁日でしか見ない金魚がたくさんいて、非日常な感じがしたのを良く覚えています。
長岡駅の駅弁を請け負っていた業者の一つです。中でも「鮭のすし」は絶品でした。笹に包まれた押しずしです。全国的に有名な富山の「ますのすし」よりも身がやわらかくて美味しく感じました。あと、昭和50年頃までの長岡駅旧駅舎には、改札口近くの待合室に駅弁の自動販売機があったのを記憶しています。
大手口と東口を繋ぐ、地下道に昔あった金魚や熱帯魚を販売していたお店。「水族館」と名乗っていたのが凄い。
昭和57年頃、千代栄町にあった釣堀に行った覚えがあります。軽食も取れる店で、釣れた鯉は、持ち帰れず、網に入れて重さを測り、料金が決まっていた様です。今、千代栄町に行っても、どこにあったか全く分かりません。
今は無き長崎屋の最上階。 直通エレベータがあって、そこから直に上れた。 レーンは、普通のボウリング場よりも明らかに短く、さらに微妙に「かしがって」いて、球がナチュラルに変化するという、非常にクセのあるボウリングが楽しめる場所でした。 あの頃は、スコアはすべて手書き。 それと、これはうろ覚えですが「パーフェクト賞は、オロナミンC一年分」とかいう横断幕がデカデカと飾られてたような覚えが・・・
CD全盛期にレコードの針とかを売っていたマニアックな店。 私は良く知りませんが、長岡では、かなりの老舗だったんでしょうか? 他の店では売切れてるような人気のCDとかが、普通に売っているような事もあり、結構お世話になりました。
オシャレはよくわかんねぇけど、とりあえず「かあちゃんが買ってきた服だけは着たくねぇ!」 という、ちょっとシャレっ気の出てきた、小生意気な男子中学生が服を買いに行く店。 ちなみに、今はイーオンかなんかになってます。 わたくしも服買ってました・・・。
半端モンがボンタン買う店。 中学のときは 「池津屋に行くと、○○さんに、覚張の脇に連れ込まれて金とられるぞ」 という噂を真に受けて、こっそりココで、ボタンの裏の「留め具みたいなモノ」(正式名称忘れました)とかを買ったりしてました。 不良ツールの販売店の割りに、店員さんが妙にスマイルで、ブティック並に接客が良かったのを記憶してます。
プラモだけじゃなく、ボードゲームやテーブルトークRPGなどのマニアックな商材を揃えており、なぜか本店と差別化が図られていた。 ここで買った一番の思い出の品は、100面体のサイコロ・・・・。 結局何の役にも立たないまま、紛失。
駅ビル、セゾン(ちなみに今のココロです。)の1階にあったおもちゃ屋さん。 スイッチを押すとビリビリするライターや、パッチンガムなど、普通のおもちゃ屋では売っていないような、ちょっと「(健全な)大人のおもちゃ」がいろいろと売ってました。 そういえば、マスカラスなどの覆面レスラーのマスクなんかも、かなり質の良いものが売ってました。 でも、なんて名前だったのか思い出せません。 誰か知ってたら教えてください。
長崎屋の中にあったレコード店です。 当時の音楽CDの販売における付加価値として主流だった、 「一枚買うとスタンプ1個、10個たまると500円割引」 というサービスに対抗してか、この店では、スタンプカードが無いかわりに、いきなり50円引きというスタイルでの販売でした。 当時の同級生であり、脱がせ麻雀のツワモノだったA君によると、 「ここでCD買って、ういた50円で、上の階のゲーセンで麻雀やる」 というのが、長崎屋の正しい利用方法だそうで・・・
「男子は、入っちゃダメ!」 という店。 何が売っていたのかは、今もって謎。
どちらかというと90年代初頭の思い出なんだけど・・・ 100円なのに、普通の店の3倍近くトグロをまいてるソフトクリームが食べれるお店。 たしか向かいに「たんぽぽ」という店があり、そことソフトクリームの大きさによる、激しい集客合戦を繰り広げていました。 原価度外視で集客合戦を繰り広げる様は、まさにデフレスパイラルの先駆け(?) けど、焼きソバなどの、他のメニューのボリュームの差と、おばちゃんのキャラクターで、ピーコックファンの方が多かったような気がします。
まだ、パソコンが一般的ではない頃、何やら畏敬の念をもって眺めていたのを記憶しております。 どう考えてもファミコンのゲームのほうがクオリティが高いのに、それでもMSXでゲームしているヤツは、妙に尊敬されてた。
コメント一覧 (8)
魚臭いので、その地下道を通る時は息をしないで走っていった記憶がある。
昆虫も沢山いたような?ちなみに一杯飲み屋が何軒か入っていて、西口に向かう通路右手から東口のバス乗り場に上がれる細い階段があったような気がします。
金魚やさんは友人の親戚。 地下道から移転して弓町あたりで細々とやっていたが店主高齢のため10年以上前に閉店。
現在は壁なっていた奥はお店がありましたよね 聞いた話ですが、あの壁の奥は中越地震の前まではそのまま空間があったようです 現在は耐震補強の為、どの程度かコンクリートで埋まったようです
ピラニアと龍の落とし子 見るのが好きだった。
おしっこの臭いがたちこめる暗い地下道に青白い光。奇妙な存在感がありましたね。。なつかしいな。。その上はマミーストアがあったな。
長岡水族館でしょ
地下通路には何件かお店があったはずだが、幼な心に深く刻まれたのは熱帯魚屋さんのみ。 グッピーやエンジェルフィッシュなど、熱帯魚を初めて見たのはこのお店です。 大人になって東京に住み、地下鉄浅草駅の通路沿いにある薄暗い地下飲み屋街を見た時、長岡の地下道がフラッシュバックしました。